39歳のライダーのこと

ここ数日、39歳の男性のことをずっと考えている。彼は会社員で、国産のスーパーバイクに乗っていた。排気量は軽自動車の約2倍。静止状態から時速100キロメートルまで加速するのにたった2・6秒、最高速度300キロ以上に達する世界最速のオートバイだ。こんな動力性能を持つクルマといえば、スーパーカーの中でも超が付く、ごく一部のハイパーカーで、1億円出しても買えない。

 

彼は連休初日の晴れた土曜日の朝、バイクにまたがり、自宅のアパートを出た。多分、こんな日だし、気の向くままツーリングがしたいと思ったのかもしれない。あまり遠くへ行くつもりではなかったからか、コンバースのオールスターに、ハーフのヘルメットという軽装だった。片側二車線の道路を走る。交通の流れは時速70キロぐらいだろうか。郊外の美しい景観はもうすぐだ。でもある大学病院手前の交差点を青信号で通過しようとしたところ、対向車線の白い乗用車が突然曲がってきて、行く手を塞いだ。彼は、「おいおい勘弁してくれよ」と心の中で叫んだかもしれない。回避する暇はなかった。

 

39歳というと、僕の3つ年下だ。就職氷河期世代で、似たような時代背景を生きてきた。それだけに、こんな晴れた、清々しい連休初日の朝に、人生を終えなければならなかった彼を思うと、悔しくてやりきれない気持ちになる。

 

今夜、彼の告別式が、故郷なのだろうか、となりまちの斎場でいとなまれた。僕もお悔やみを言いに訪ねたかったけれど、商売柄、まちを出て遠くへは行けないことになっている。世界最速のバイクを操る彼はどんな人だったのだろう。どんな装備を身に着けていれば、命を失わずに済んだのだろう。こんな考えが、ふとした瞬間に頭をよぎって、気を抜くと涙が出てくる。