「一人道を行くとき、ふと後から誰かがつけて来るような足音を覚えることがある。その時は道の片脇へ寄って、ベトベトさん、さきへおこしというと、足音がしなくなるという。」柳田國男『妖怪談義』
これを妖怪ベトベトさんという。何かするというものではなく、後ろから足音がするだけだ。
僕はこれと似たようなものに出くわしたことがある。それは今から10年前、僕は代ゼミで浪人していた。
当時付き合っていた彼女には霊感があった。そのとばっちりを受けて、それから色々不思議な体験を僕もするようになる。これは付き合ってまだ間もない頃の話だ。
金のない浪人カップルなので、デートといえばウィンドーショッピングやデパートの屋上や公園に昼休みに行くという程度だった。その日は予備校が休みで、ちょっと遠出をして市電に乗って旭山記念公園に行こうということになった。札幌では夜景の見える有名な観光スポットで、週末夜はカップルで大にぎわいの場所だ。
まだ午後の明るいうちから公園に行き、公園を一回りし、とりとめのない話をして、さて帰るかという時にはもう日が沈んでいた。公園入り口の門から歩いて坂を下る。西友を左手にもう少しでバス停という時、二人の後ろから割と大きめの足音が早いペースで近づいてきた。その音が追いつきそうになったので、僕らは顔を見合わせ、歩道の両側に退いて道を譲った。当然だ。
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一向に誰も追い越さない。驚いて周りを見渡したところ、歩道には僕らの他に誰もいない。足音はいつの間にかなくなっている。
何だこれはと不思議がる僕に、彼女は「ああ、またか」という顔をした。
「これって、あれ?」「うん」
恐怖感は全くなかった。ただ不思議だったし、正直こんな体験ができることにワクワクしていた。
「ベトベトさん、さきへおこし」と言えなかったのを当時は悔しがった。
でもよく考えれば、ベトベトさんが来たとしても、その足音が人なのかベトベトさんなのかは音だけでは判断できないわけだから、そのセリフが言えないのは仕方ないと思いませんか?